「イントロダクション」
〜遺伝子の世界線〜
眠っていた遺伝子が翻訳されることで、変化(分岐)が生じ、同じ情報を有していても、それが延長された結果に大きな違いをもたらす。



〜活発な妹、やんちゃな弟〜

∀ガンダムに出てくるキエル・ハイムとソシエ・ハイムのどちらが好きかと聞かれれば、どちらも捨てがたい!

小説や映画、ドラマ、アニメ、漫画に出てくる姉妹は

・まじめで優等生的な姉
・活発で自由奔放な妹

と言った設定が多いような気がするが、それは創作の中だけだろうか?



学生時代はスイミングのコーチ、後に塾講師をさせて頂いた私にとっては非常にありふれた情景である。これは姉妹に限らず、兄弟にもよく見られる傾向のように思えてならない。優等生の兄と不良気味の弟。

何故、そうなるかというと、ここに動物行動学とエピジェネティクスの視点が合わさることで、解説できる。

エピジェネティクスの研究が進むにつれ、DNA配列に変化は起きていなくても、環境要因によって表現型や遺伝子発現量が変化することが解ってきたのだ。後天的な環境要因によって、遺伝子発現に変化が起こるわけ。



さて、雨上がりの翌日は道路でカメセンを良く見かける。

カメセンとはお菓子の類ではなく、亀が車に轢かれて、ペッタンコになったものことだ。何故に、亀は道路を渡るのか?

やや上からの視点で観察すると亀なのだが、視点をもっと下にずらして更に解像度を高めると、今度はミミズが死屍累々と道々にうねっていることに気がつく。

彼らの行動原理はどちらも、ほぼ同じとみて良いだろう。

亀は元の溜め池から、別の溜め池や川を目指していた道中に轢かれ、ミミズは元の畑や田んぼなどから、別の土を求めて、雨上がりの湿ったアスファルトを横断しようとしていたのだ。



亀の全てが同じ溜め池で一生を終える習性があった場合、例え餌が豊富であっても、近親交配が進んでしまい、遺伝子にバリエーションが付かず、流行病で呆気なく絶滅してしまうリスクを持つ。また、病気にならずに同一箇所で延々と増えたとしても、今度は身内同士で餌の奪い合いが発生してしまう。

ミミズもまた同じ理由で、雌雄同体ではあるが、繁殖するには交尾に近しい行為によって遺伝子を交換する必要があるため、できるだけ遺伝的距離が遠い相手を求めて、今いる土から這い出る必要がある。そして、ミミズも亀も、1箇所に留まらないことで、天変地異による自分の遺伝系列の絶滅を自然と避けているのだ。

同じ両親から産まれた姉と妹、兄と弟の遺伝子共有率は50%であり、性格は似たような感じになるはずであるが、何故か後から産まれた方が活発なキャラクターとして描かれるのは、実際にその確率が高いからではないかというのが、今回の話である。



最初に産まれてきた子は、両親や祖父母がいる故郷に留まり、そのバックグラウンドと支援を充分に受けて繁殖を目指すという手堅い方法を選択するような、やや保守的で真面目な性格になりやすく、その姉や兄をしっかりと観察して育った妹や弟は、安心して外の世界へ遺伝子のバリエーションを広げる旅へと出かけるべく、ルールに囚われない活発な性格になりやすいのではないだろうか?

手堅い両親の元を離れるのも、人間とて自然の一部である為、やはり、天変地異などの前では無力なので、一族の中に外へ外へ向かおうとする個体が現れても不思議ではない。

もちろん、ヤンキーの兄に、真面目な弟と言った逆のパターンもあるかも知れないが、知能の遺伝子はX染色体を介する為、兄弟で性格が大きく異なることはないと思うかも知れない。



しかしながら、血液型性格判断を思い出して欲しい。100%の否定こそできないが、自分の項目を読む前から受け容れる体勢ができているため、すんなりと受け止めてしまうだけではない。心と頭をリセットしてフラットな状態にしてから、自分と別の血液型の項目を自分がその血液型だと信じて読んでみて欲しい。まぁ、こういうところもあるよなぁと、結構当たっていたりしないだろうか?

性格は持って生まれたもののようでいて、実は非常に柔軟である為、例え遺伝子が全く同じであっても、生まれ育った環境によっては違ってくるのは自然な流れである。

こと、エピジェネティクス的な視点から見れば、真面目な姉を間近で見て育った妹はその環境因子や負荷によって、姉においては翻訳されなかった遺伝子が発現することがあっても、全くおかしくないのだ。

ありふれた設定というのはリアルな場合もあると言う話。



Ex:
ブログらしい話 「お勧め反骨作品 」
遺伝子に抗いし者!