宮本武蔵を主人公に据えた漫画「バガボンド」には、「一つの太刀」という技が出てくる。

一つの太刀は、特別な漸撃を指すのではなく、「闘いにおいて次はなく、今この瞬間、一太刀に全身全霊を注ぐ」という意気込みと覚悟であった。それが体現できれば、俗に言う二の太刀要らずの剣となる訳だ。

ウエイトトレーニングにおいて個人的には、一つの太刀の心意気を元に1セットの中で「会心の1レップ」、「必殺の1レップ」を狙うが6〜8レップスの中で、1回でもそれが出れば善しとしてきた

しかし、真に一つの太刀の覚悟に到達することができていれば、ウエイトトレーニングや他のスポーツのみならず、他のジャンルにおいても、これまでに得られた結果は違っていただろう。

2014年夏。命がけの練習、全身全霊を込めた一本とは、どういったものか垣間見た経験をした。


2014年7月28日(月)

午後2時。日本海へ辿り着いた。

お気に入りの海岸へ馳せ参じたい気持ちをグッとこらえて、家族のために民宿側の海岸へ向かった。午前中は大波で遊泳禁止で午後からは解除されていたが、浜に付いてみると、サーファーが喜びそうな大荒れのコンディションだった。

小さい子供連れには酷く厳しい状態だったが、こんなこともあろうかとボディボードを持ってきていたので、幼児赤子はテントで待機、皆初めてではあったが、上の子とワイフと交代で波乗りごっこを楽しんだ。

ワイフも子供もボディボードに見向きもしなくなった頃、もうちょっとやってみるかと、ほんの少しだけ波打ち際から離れて挑戦してみた。



たった数回、波が行き来し、それと戯れ、今のどうよ?とテントの方へ顔を向けると、テントは小さく、波打ち際は遥か彼方でしぶきを上げていた。

あれっ!?これちょっと遠すぎでしょ!!

私は慌てて片手でパドリングしながら、ほぼ全力のバタ足で帰投を試みた。しかし、一向にテントは大きくならない。心なしか更に小さくなっているようにも思える。

『あっ、しまった!さっき、看板見たわ。地形的に引波の方が強くて、沖に流されてしまうから要注意って書いてあったわ〜。離岸流みたいなもんやな〜』



自分が大変まずい状況にあると悟り、極めて短い時間で決断しなければ、事態はますます悪化すると判断した。

プランA
ボディボードに片手をついて、もう片方の手で全力でパドリングし、全力でキック。
・先ほど、ほぼ全力を試したが効果なし。更に全力を注いでも、成功確率30%以下。
・ボディボードと言う浮力があるので、失敗しても救助される可能性は高い。

プランB
マリンシューズ、海パン、ボディボード、水中めがね等、抵抗になるものは全てパージし、アンダーウェア代わりの競泳水着のみの格好で全力クロール。
・自分の泳力であれば、成功率は95%以上であるが、失敗した際のリスクは甚大。
・長年連れ添った装備の数々を旅行初日に捨てたくない。



さあ、AかBか今直ぐどちらか選ぶんだ。迷っている内に、どんどん沖へ流されるぞ!

ええぃ、背に腹は代えられぬ。ここはプランBか?さらば、度付きのマスクに、廃番のマリンシューズ・・・。

その時であった。ロジックを超越したシナプスの発火が右脳で起こった。

iphone『乗るしかない!このビッグウエーブに』、『お前は何を言っているんだ?』、『いや、だから、この波を利用するんだ』、『は?』、『だから、ボディボード上手くなれば、いいやん♪』、『そ、それだ!』

寄せ波に上手く合わせて乗ることができれば、引波に勝つことができるだろう。すわ、ボディボードをマスターすべし。



失敗すれば体力を大幅に浪費し、ますます沖へ流されて、救助されるか死ぬかの憂き目に遭うことになるので、一波一波、一本一本が真剣勝負。

しかも、一本クリアする毎に、上達しなければならない。

次はない、今、ここ!
正に一つの太刀の覚悟で波と向かい合ってそれを捉えた結果、極めて短時間で岸に帰り着くことができた。

どうだ、お父ちゃんは生還したぞ!遥か遠くの監視員はこちらの異変に気づいてこちらに向かっていたが、家族は全く気づいておらず、そこには砂浜と沖の海水以上の温度差があった。



さて、この話はこのシリーズの中で最も自分がアホだったと言う話であるが、やはり、自然に対しては常に謙虚で、かつ、自分を過信しないこと、そして、決して慌てないことが重要であると再認識させられた。ともあれ、これからは、一つの太刀の覚悟を持って、諸々のトレーニングと対峙したいと思う。



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